左遷の船旅で聞いた話
【Zhener】今回紹介するお話は"Ms.Ren's Story(「任氏伝」)"。これは著者のShen Jiji(沈既済)が781年に浙江省(麗水県)に左遷された際、船旅をした。その時に他人からこの話を聞いて感銘を受けたらしい。Yang Yan/杨炎(727–781)が失脚してその子飼いだった彼も割りを食ったのだけれど、中国文学史に名前が残ったのだから一体何が幸いするものか・・・。
【Clarimonde】男性は挫折したりすると誰かに慰めてもらいたくなるものですから。できれば、気立ての良い美人に。
【Zhener】この話に登場するMs.Ren(任氏)だが、沈既済はまさにそんな感じだったのかな。
"任氏女妖也(Ms.Ren is monster that has woman's shape.)"
【Clarimonde】それでは真児、粗筋をお願いします。
【Zhener】まずこの文で始まる。"任氏女妖也(Ren is monster that has woman's shape.)"。
【Clarimonde】"任氏は女性の姿をした妖怪である"、凄い始まり方ですね・・・。
【Zhener】この始まり方だとどんな恐ろしい話なのかと否が応でも期待してしまう。750年ごろのChang'an/Xian(長安/西安)にZhengliu鄭六という男がいた。かれは身の丈六尺の武術家だが貧しく、妻の実家に面倒を見てもらっていた。彼のいとこに韋金という男がいて裕福だったが、二人は馬が合った。
【Clarimonde】鄭さんはあまり世渡り上手くないんですね。
【Zhener】ある日鄭六が驢馬に乗って歩いていると、三人連れの女性を見つけた。そのうちの白づくめの服を着た一人が"容色姝麗"(後に"光彩艶麗")だった。彼は一目見て彼女に目を奪われた。
【Clarimonde】漢字の表現って凄いですねえ。ところで彼女が任氏なんですね?
【Zhener】この流れで他に誰がいるのよ。彼女は作中では個人名がとうとう出てこないのだけどね。任氏も鄭六が気に入ったようで、その夜は彼女と一緒にいた。とても素晴らしい時間だった。そうそう、言い忘れて今したが彼女は”プロの女性”です。
【Clarimonde】ああ、それで今回は私が呼ばれたのね・・・
【Zhener】言っとくがクラリ、それだけじゃないのよ。大いに楽しんだ鄭は帰宅しようとしたが、まだ長安の城門が開いてなかった。それで彼はその近くの屋台で時間をつぶすのだが、そこの屋台のオヤジ(外国人。ソグド系かな?)に「あそこには狐が棲んでいる。旦那もそいつに化かされたのでは」と言われる。
【Clarimonde】極東ではどこでも狐は人を化かして遊ぶのですか?
【Zhener】しばらくして鄭は再び任氏を見た。ずっと会いたかったので熱烈に彼女を口説く。彼女は"公知之何相近焉"と言って断るのだがそれでも鄭はあきらめない。で、とうとう任氏は根負けした。
【Clarimonde】わあ、よかった。でもこれからが大変ねえ・・・。
任ちゃんの特徴
【Zhener】この話はもっと続くんだけど、とりあえずはここまで。彼女を見た韋金が我を忘れたりといろいろあるのよ。まあ沈既済の理想の女性の一形態ってのは確かだろうね。
【Clarimonde】彼女が大変な美人なのはわかりました。他に彼女の特徴があれば教えてください。
【Zhener】そうですね・・・。彼女は特殊な能力を持っている。いわゆる”予知能力”ね。それを使って韋金に美女をあてがったり、鄭六に投資で勝たせたり(大金を稼がせたり)している。貧乏人の鄭の愛人になってもよかったのはそこら辺で経済の問題は何とかなったんでしょうね。
【Clarimonde】彼女は妖怪なんだけどその点は並の人間以上にしっかりしてますね。
【Zhener】ただし彼女も万能ではない。まずアタシらとは違って戦闘能力は全くない(鄭六でなくとも簡単に組み伏せられるくらい)。
【Clarimonde】あらららそれは大変・・・。
【Zhener】また何故か任ちゃんは自分で裁縫を一切せず既製品しか着なかった(任氏不欲曰、願得成制者)。そして誰もその意味が分からなかった。
【Clarimonde】750年頃の長安は大都市です(人口200万人)。既製服を売る店があってもいいし、単に彼女が裁縫を不得手としていたような気もしますが・・・。
【Zhener】既製の服が大量生産できるほどの時代ではなかったのよ。これは唐代に限ったことじゃないけど。
【Clarimonde】ふーん・・・。
【Zhener】少し逸れるけどあの頭の悪い、衒学的なだけが取り柄の蟹男が書いてやがったなあ、”衣に縫目あり、日にむかへば影あり”などと。アタシも姐々もあの馬鹿は大嫌いだけど。この辺であいつの教養水準がバレてんだよ!
【Clarimonde】”衒学的”というのは悪い意味しかないんですけどね、真児。もう一つの意味としては文章の前後が分からない、というのはあります。まあ士大夫やらジャーナリストやら司法官僚やらと、しがない町人風情との差ではあるのでしょうが。
任ちゃんのちょっと内緒の話
【Zhener】ちなみにアタシら姐妹と任ちゃんは友人なのよ。ちょくちょく会ってんの。今回の前にもちょっと会って「アレを話していい?」と尋ねたら快諾してくれました。何故任ちゃんは鄭六を選んだのか?これだけ才色兼備なのにわざわざ貧乏人選ばなくてもよかろうに、と。
【Clarimonde】私たちが他人のことを言えるとは思いませんが、確かに気になりますね。
【Zhener】そのことに彼女は答えてくれました。「鄭さんが身の丈六尺の武術家だから」。偉丈夫で身体鍛えてるから当然のごとく体力もあり、それで・・・。
【Clarimonde】まあ♥♥♥。でもそれはそれで現実的ではあるわね。物語としても辻褄が合うし。
【Zhener】あと蓮香(LianXiang)が任ちゃんに頭下げてたな。彼女は数少ないフォロアーなんだろう。残念なことに任ちゃんの存在はあまり後世に影響しなかったのよ。"Tale of Peony Lantern(牡丹灯記)"では思いっきり間違って使われてるし・・・。
【Clarimonde】どうしてなんでしょうね、あなたの話を聞く限りではとてもよさそうな方なのに・・・。